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2009/04/07

銀閣寺(東山慈照寺)の特別拝観と哲学の道を歩く

4月5日(日)麗らかな陽光と満開の桜に誘われて
銀閣寺道への市バスは満員である。
かなりの時間を要したが、銀閣寺道で下車すると
人並みは銀閣寺に続く、川筋も桜は満開である。
丁度、銀閣寺の国宝「東求堂の特別拝観」もあるので
先ず、それを優先し帰路「哲学の道」散策と決める。

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銀閣(観音閣)は目下、補修中で、カメラは1階を避けて撮影した。 3435

展望所から全景を見る。

室町幕府、八大代将軍足利義政は1483年、山荘東山殿を 造営して常御所、会所などを建てたが、1485年に東求堂(トウグ) 1489年観音殿(銀閣)を建てる。(共に国宝) 1490年義政没後、東山殿は寺に改められ「相国寺」(ショウコク) に属して義政の法号慈照院に因んで、慈照寺と呼ばれる。

遠景はクリックするとパノラマになります

016 東求堂は禅宗様式の庭園を周囲に巡らせ、4畳半の書院同仁斎 が清楚に見られる。

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庭園は苔寺に倣って構成したといわれ東求堂の南に中島 南西に3つの池、北と中の池の西側に「銀砂灘」という 広い盛り砂があり、光に輝くという。その南西に「向日台」 という富士型の盛り砂が見られる。

相国寺

1382年に上棟したが、1392年足利義満により落慶供養が行われ た寺で相国承天禅寺と云い、山号を万年山という。 2年後1394年に火災に遭い、1395年再建工事が始められて 1399年七重の大塔を落慶供養に到ったが、1403年には雷火で 焼失、更に将軍善政の継嗣問題で、応仁の乱が起こった。 また、実子義尚と養嗣子義視(よしお)の戦いなど戦乱が続き 復興が容易でなく、ようやく1584年、秀吉、家康の支援で 1605年法堂(現在は仏殿を兼ねた本堂)が落慶、天井の 蟠竜図は鳴き竜として有名である。 038037

 

哲学の道

哲学の道は「若皇子橋」から「銀閣寺橋」まで、琵琶湖疏水に沿った散歩道である。 現代の中学生は、哲学に興味は示さないようであるが、当時、私が崇拝し 友人と語り合った哲学者には大正時代に活躍した西田幾太郎や川上肇、田辺元 らがある。そんな先人が、この道を散策したことから名づけられたというが、 春の桜、夏の蛍と全国各地から、観光客が訪ね、賑わいをみせる。 043

画面をクリックしてお読みください。

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コメント

お元気ですか?

花の、最高の姿の写真に、ただただ見とれるばかりです。
我が家の庭の、、、カサブランカ、野ボタン、葵、あじさいを、カメラに収めました。昨日、痛い体を、ひこずりながら、カサブランカ 3鉢 植えかえしました。
又 あじさいの、さし木を しました。
今日は、起きれないので、、、ないかと、、案じましたが、動けています。
暑いですが、体に気配りしながら、、頑張りましょうね。又又 他の写真、見せてもらう予定です。ご自愛くださいね。

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